屋上からさらに梯子を上り、この学校で一番高いところにある給水タンクの脇に立って辺りを見回す。
ここから目に映る光景は異様だと元就は思う。
のっぺりと平らな大地にブロックを積み上げたような団地が乱立し、それを丘陵地帯がぐるりと取り囲んでいる。
明るいうちにはわからないが、日が暮れると窓に灯る明かりはごく僅かで、見た目ほどにはこの街が栄えていないことが露呈する。
街の真ん中を貫くように私鉄の線路が走っているが、それに乗ってどこかに出かけたという話はついぞ聞いたことがない。
にも関わらず、毎朝元就たちが登校するその時間に合わせたように大勢の大人たちが駅に吸い込まれ、夕方には同じ顔が吐き出されて来る。
彼らが一体どこに行って何をしているのか、それを知る者はいない。
どこにも行けない自分たちの暮らすこの場所はまるで流刑地のようで、だとしたら自分たちはなんらかの罪を犯した罪人ということになる、などと考えながら、元就は抱えていたコンビニの袋に手を入れた。
週に1〜2度、生徒の立ち入りが禁止されているこの屋上で、元就は大食に勤しむことを日課としている。
見た目には食べる事になど露程の興味もなさそうな元就が、店でこれほどの食料を買い込む訳にもいかず、その調達はもっぱら他人まかせにしている。
しかし、口にはいるものならなんでもよい、とは命じたがほとんどが甘いチョコレート菓子やらパンやらやたらと糖度の高いものばかりで、元就は買いに行かせた、いつもおどおどと顔色を伺う小太りの少年の赤ん坊のように乳臭い身体のにおいが蘇ってくるような感覚に眉をしかめた。
あんな人間が、血は繋がらないとはいえ一族の端に名を連ねているとは虫酸が走る。
だから元就はことある毎に彼を徹底的に使役する。
立場の違いを愚鈍な彼と周りに知らしめる為に。
ため息をひとつ吐いてから、腹に詰め込んでしまえば味など関係ないと思い直して、元就はその作業を開始した。
手当り次第にビニール袋を破り、その中身を口に詰め込み咀嚼する。
喉につかえるものはペットボトルの水分で流し込む。
あっと言う間に筋肉の少ない元就の薄い腹はいびつに膨れ上がる。
身体の内側から引き延ばされる感覚に、元就はやっと自分の形を認識する事が出来る。
彼は普段人前で感情を露にすることがほとんどない。
それは単に他人の為に労力を使うことを無駄と考えている故なのだが、しかし、彼とて人間であるので一通りの感情は持っている。
ともすれば人並み以上に揺らぎやすいそれを飼い殺す為には随分な手間と負荷がかかる。
そうして体内に溜まった澱を、腹に収めた食料とともにすっきりと吐き出してしまうこの儀式は、彼が彼として生きて行く為に必要不可欠なものであった。
給水タンクに寄りかかり、黙々と食べ殻を積み上げていると、なにやら足下から物音がする。
ここには元就の邪魔をする者は誰もいないはずであったのに。
不審に思って入り口のドアを覗き込むと丁度、数人の生徒がゲラゲラと下品な笑い声を立てながら屋上になだれ込んできた。
使わなくなった机やロッカーを積み上げて築かれた立ち入り禁止のバリケードを突破して、わざわざこんなところまでやってくるとは酔狂な。いいや、まったく迷惑だ。
一体なんの用か、何にしても早いところ引き取ってもらいたいものだ、と様子をうかがう。
彼らはひとりの男子生徒を伴っていた。
逃れられないように両腕を掴まれ、引きずられる連れて来られたその生徒の乱れた前髪から覗く青ざめた顔に、元就は見覚えがあった。
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