これがもし夢なのだとしたら、随分都合の良い夢だと仲達は思った。
我が身は今かつての主人の胸の中に在り、聞いた事も無いような異国の旋律にあわせて踊っている。
西の彼方の馬賊が奏でる調べに似ているような気がしたが、やはり違うものだろう。
脇にずらりと並んだ燭台の灯で昼のように明るい広間に人の気配はふたりきり。楽団の姿すらも無い。
病の床にいたはずなのにこれはどうしたことだろうと辺りを見回わそうとすると、腰に回された腕に引き寄せられた。
踊りませんか?
「何をよそ見をしている」
「これは夢なのではないかと考えておりました。」
頭上から聞こえた不機嫌で懐かしい声に、思ったままを仲達は答えた。
「何故?」
「子桓様は少しもお変わりにならない。」
視線の先に居るその人は短く笑う。
音楽の輝く雲の上を飛びまわりましょう
「何を言う。お前とて昔のままだ。出会った時となにひとつ変わらぬ。」
「お戯れを。私はこんなにも老いました。」
それから、わたしたちは別れの意味を込めたおやすみを言うのでしょうか
あれからどれほどの時が経ったことだろう。
ひとりこの世に置き去りにされたあの時から。
けれど、もし、夜空にまだ最後のちいさな星が残っていたのなら、
もう少しだけ私と一緒に居てくれませんか
「強いて言うならば、少し痩せたか。」
腰に置かれていた手が背を登り、頭を抱き寄せた。
仲達はその人が長く伸ばした髪をことさらに愛していた事を思い出す。
だから自分は普段はきつく結い詰めて冠の下に隠しているのを、彼の前でだけは解き放ってみせた。
主人を喜ばせる為の道具に過ぎないと割り切っていたはずのそれは、その死後に切り落として以来伸ばしていない。
息子のひとりには寡婦のようだと揶揄されたが、もう必要がなくなったのだから仕方が無い。
「こんな未来もあったのかもしれぬと思うのです。」
そしてわたしたちはお互いの手を取って新しい恋に堕ちるのです
引き寄せられた胸に顔を埋めて仲達は呟いた。
「私は多く居る貴方の文官の一人に過ぎず、貴方の王国を生涯支えていく。
それだけで私は満たされていたはずなのです。
貴方が、
私を遺してさえ逝かなければ。」
「夢だ、仲達。それは夢だ。」
そうなると、わたしは知っていたのです
確かに私たちはそうなるはずだったのです
「ええ、夢です。
夢だからこそ、私はこんなにも貴方に寄り添える。」
そう言うと主人は声も無く微笑んで、その皇帝の服の長い袖の中に仲達を包み込んだ。
先ほどから病が嘘のように身体が軽い。
息子たちに見つかったら彼らはまた怒るだろうが、こんなに気分が良いのは久しぶりだ。
今はもう少しこうしていよう。
遠くで女の歌う声が聞こえたが、何と言っているのか意味はわからない。
わからないが嫌いではないと仲達は思った。
踊りませんか、私と
踊ってくれませんか
今だけは、私と
〈fin.〉
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大貫妙子さんの歌うバージョンも素敵なので聞きながらお読みいただけると良いかと。
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